夭逝の傍証

第四章 タクシーの章

私は無力感におそわれ、再び空を飛びたいと願いつつ病院の玄関でタクシーを拾い、家に向かった。生の収束に死が無関係だとわかった今、行くべきところは愛しの我が家しかないと気づいたのだ。それが弱気だということはわかっている。だが真の死の予感が弱気を呼び覚ましてしまった。相変わらず腹の中の弾丸がぐるぐると回っている。もはや腹の中は完全な空洞で、弾丸が空洞の中で円運動を行っている。この運動は水晶の発振だ。そして私は時計だ。時計として我が家に戻り、居間に居座ろう。そしてあわよくば家族に死を見守ってもらおう。家に帰ろう。
「お客さん。それはちょっと了見が違うよ」と運転手が言った。「家はもうないよ。だってあんたは自殺したんだからね」
またここで「がーん」となってもよかったのだが、家がないかも知れないということに多少予感めいたものがあったのも事実だ。なぜなら、私は家と無関係に自殺を決行したからである。運転手の言うとおりであった。
この運転手は私に適切な助言を与えるために使わされてきた存在なのだろうか。すでに私の内臓はこの運転手の手中にあるのだろうか。
それならば、今まさにタクシーが空を飛んでくれればいいのに、と私は願った。
「夢見たって駄目さ」運転手は言った。「タクシーは空を飛べない。おれのことを神の使いかなんかだと思ったら大きな間違いだぜ」
またしても運転手の言うとおりだ。私はあわてて調子を合わせた。
「そうだね。ここでタクシーが飛んだりしたら、私の死も台無しになるところだった」
運転手はミラー越しに微笑んだ。
「そういうことだ。お客さんは宇宙の棚をまだ見てないんだろう」
「宇宙の棚ってなんだい」私はその言葉に驚いて訪ねた。
「なんだって?」運転手が振り向いた。「何て言ったって?」
「宇宙の棚って言ったろ」
「そんなこと言ってないよ」
「言ったよ。宇宙の棚って。それは何のことだい?」
「言ってないよ」
「言ったよ」
「水掛け論だな。もうよそう。さあ。家についたよ」
タクシーが何事もなかったのように家に到着した。
私は料金を支払いタクシーを降りた。