大怪獣が海辺に打ち上げられたと聞いて、さっそく見に行ってみた。
砂浜はすでに黒山の人だかり、かき分けて進むと大怪獣が二体、打ち上げられていた。
警官が二人、巻き尺で大怪獣の足の大きさを計測している。足の裏だけで7メートルはあろうかという巨大さである。頭の先がどうなっているのか遠くてよく見えないほどだ。
打ち上げられた大怪獣は前身黒こげで、黒こげになってから漂流してきたのか漂着してから黒こげにされたのかどちらにしろ黒こげである。
町内会長が紙皿と割り箸を見物人たちに配り始めた。
「食うのですか」と私は訪ねた。
「食ってみましょうよ。香ばしい臭いがするでしょ」町内会長の言うとおり、確かに辺りには香ばしい香りが漂っている。磯の臭いと相まって、それは居酒屋の臭いである。
町内会長が連れてきたシェフが大怪獣のかかとの肉を少し削り取り見物人に配り始めた。私の皿にも一片の肉が乗せられた。
酒屋のご主人が日本酒を振舞った。
青年団の若者たちが炭に火をおこし、鉄板を設置して野菜を焼き始めた。
にわかにバーベキュー会場と化した浜辺であった。
大怪獣の肉は焼き鳥の味がした。あちらこちらで「うむ」「これは旨い」と、うなり声が聞こえる。
海猫が遠くでぎゃーと鳴いた。
その時はるか彼方、大怪獣の頭部に目をやると蘇生の前兆が見られた。それを見逃さなかった。
「おい見ろよ。蘇生するぞ」
私は周りの人たちに注意を促した。しかし皆宴会に興じており聞く耳を持たない。手遅れになる前にさっさと逃げ出すことにした。
丘を越え、林をくぐり、石段を駆け上がり、森を抜ければそこは枯れた禿げ山の頂上、はあはあぜいぜいと一休みし、今来た遠くの海岸を見下ろすと大怪獣はすでに蘇生を完了して大暴れしていた。凶暴な嘶きと共に口から激しい炎を吹き散らし、海岸沿いの小さな街を焼き尽くしている。
これは悲惨な光景だ。危ういところで逃げおおせたぞ。
「ほんとね。危ういところで逃げおおせたわ」ふいに同意されびっくりして振り返ると、いつの間に行動を共にしたのか、絶世の美女がそこにいた。
「ここまで来れば安心よね。禿げ山名物の温泉がすぐ裏手にあるから行きましょう」
「行こう行こう」
というわけでやってきました韓国冷麺温泉。巨大な銀色のボールがくりぬいた崖っぷちに埋め込まれた人工温泉である。足を踏み入れたとたんにつるつると滑ってボールの中心へ到達する。韓国冷麺温泉と言うからには冷泉かと思いきやほのかに暖かく、胡麻と酢の香りが香しい極楽の如き温泉であった。
温泉には私たち以外にも数人の男女が入浴中で、皆つるつる滑ってボールの中心に寄り添うような形で集まっている。寄り添うのももちろん悪くない。
「なんとまあ。これでは岸に上がれなくなってしまいましたなあ」岸に上がろうとしてはつるつる滑り落ちてくる初老の男がさほど困った様子でもなくためいき混じりに言った。
私も岸に這い上がろうと挑戦してみたがやはり途中でつるつる滑り落ちてしまう。これではまるで巨大な滑り台だ。
他の人々も同様、這い上がろうとして滑り落ちている。間抜けな姿である。
そんなわけで、その後も日が暮れるまで温泉に浸かっている全員がつるつる滑って楽しんだ。
2002.01.15 hosoi hisato