得意先の工場にやってきた。
広い工場なのだが明かりが足りなくて全体が暗くじめじめしている。そのため仕事が全くはかどらず出直すことにした。
「ではまた来週、お天気の日に出直します」
「そうですか、それでは来週お待ちしています」
工場長に見送られて無人駅から汽車に乗る。汽車はゆっくりと渓谷を抜け、二日間かけて我が家駅に到着した。改札を抜けて階段を昇り、ふすまを開けて毛布を取り出す。毛布を大きなかばんに詰め込んでから少しうたた寝して、馬小屋に寄って馬の手綱を引き、再び出張へと旅立つ準備。
馬にまたがり、さてそこで少しの躊躇である。本当に馬で工場までたどり着けるのか
無理ではないのか。忘れ物は。
何度も妻の携帯に電話をして忘れ物がないか確認する。
馬でしばらく歩いた後、やはり忘れ物が気になって家に戻ってみた。
台所に作りかけのサンドイッチ、一口かじってある。妻はいない。よほど急いで出かけたのだろう。
ま、いいか、と、再び馬にまたがり工場を目指した。
過去歴史において、馬で東海道を完走するのにどれくらいの日にちが必要だったのだろうと考える。
やはり高速道路を使うべきだろうか。
そうだろうな、工場へ行くだけで何日もかけてはいられない。
しかし馬の体力が持つのか。
もし時速120キロの走行が馬に過度のストレスを与えるとすれば、高速道路の真ん中で一歩も動けなくなり、あたふたしている間に後続のトラックに跳ね飛ばされて死んでしまう。
これは困った。
馬にまたがったまましばし足を止め、考えにふける。
「ぶるるる」と馬が言ったので「よしよし」と、顔を撫でてやった。
「わかったよ。その前に牧場で散歩でもしよう」