踊る刺身
「なんとも貧相な料理ね。こんなので料理旅館だなんて言えるのかしら」と一言目の同級生が貧相な料理を前にしてつぶやいた。ここが貧相な料理旅館であることを説明するかのようだ。二言目の同級生は、今回の会合が同窓会であること、その同窓会に四人しか参加していないことをどうさりげない口調で説明すればよいのかしばし考えてから窓の外を眺めた。考えるだけで十分説明できた。だがさらに呟いた。
「少し濁った空だな。そろそろ夕暮れも終わる時間だ」
自分一人で多くの情報を説明できたぞ、と満足げに頷いた。
三言目の同級生は用意された三十人分の料理と酒を眺めて溜息をついた。「もったいないなあ」
「こういう状況じゃ、まともな同窓会の進行は無理だな」最後に口を開いた同級生はゆっくりと立ち上がり二言目の同級生と並んで窓の外を眺めた。
二言目の同級生がちらと最後に口を開いた同級生を見て、はて、こいつの名前なんだっけかなあと考える。
仕方がない、という投げやりな調子で一言目の同級生も立ち上がり窓辺に寄り添う。どうやら全員でただ窓の外を眺めるというシーンを目指すらしい。
空はほとんど夜だが何かしらファンタジックである。「何かしらファンタジックね」と女性が感想を述べるが、彼女も他の三人がいったい誰なのかわからない。名前が思い出せないというより誰なのかさっぱりわからない。ファンタジックなのは空ではなく、見ず知らずの貧相な旅館で見ず知らずの三人のおっさんに囲まれたこの状況なのかも知れないと感じている。
三言目の同級生もゆっくり立ち上がり窓辺に寄り添う。この三言目の同級生はきっと目立たない子だったに違いないと最後に口を開いた同級生は考える。だから記憶に残ってないのだなと。だが、だからといって他の三人のことを覚えているわけではない。
濃くて少し濁った空を眺めていると、遠くにファンタジックな光に包まれた建物が見えた。それは全員がほぼ同時に見つけた。
「あのファンタジックな建物のせいで何となくファンタジックな気分に浸っていたんだ」
「それに流れ星とね」
「本当だ。よく見ると流れ星だらけだ」
「さっきまでは夕暮れだったから見えなかったんだよ」
「流れ星とは何ともファンタジックだがちょっとうんざりな」
たしかに流れ星は大きすぎて下品な感じがした。形もいびつだし。
「形もいびつだし、ちょっと下品だな」
お互い見ず知らずの同級生たちの動悸がやや速くなってきた。四人である必然に疑問を抱き始めたのである。もしかするとこの同窓会も始めはちゃんと三十人いたのかもしれない。なぜなら、と二言目の同級生は考える。おれと最後に口を開いた同級生の違いがわからなくなってきているからだ。二言目に口を開いたおれが最後に口を開いたとしてもなんら苦痛はないはずだからだ。
いや。何か変な理屈だ。だったら教師はなぜ消えたのだ。
「あのう、失礼ながら」と三言目に口を開いた元目立たない子がおどおどと口を開いた。「あの形のいびつな流れ星はもしかすると」
「まてまて。結論を急いではだめだ」二言目か最後かどちらに口を開いたか定かでない同級生が元目立たない子を制する。「あんな恥ずかしいいびつなでかいガラクタのことを無理に説明することないさ」
「落ちた」唯一の女性が流れ星の落下した方向を指し示す。「あそこ。ほら」
流れ星のひとつが住宅地に落下して火災を巻き起こしていた。
遠くに見える光に包まれたファンタジックな建物のことを考えてみよう。
「考えたわ。私たちが見ているのが同じ方向なのが問題なのよ」あの子達、冷蔵庫に入れておいた「ともとも煮」をちゃんとチンして食べてるかしら。
「私も、さっきから疑問だったんですが」おどおど。「この空はひとつの方向のみファンタジックなのでは、と」どきどき。「どうです?反対側の窓から、空を眺めてみるということで」
同窓会に参加した意味が見つかるかも知れないという思いに駆られて反対側の窓にかけよる見ず知らずの三人の同窓生達。反対側の空には何が見えるのか。だがお互いの足がもつれうまく走れない。料理につまずいて倒れる。鍋がひっくり返り、ビールが宙を舞い、刺し身が踊る。
「あちちちち」
「冷てえ」
「痛い痛い」
だがなんとしても反対方向の窓からの景色を確認しなければ。
そうこうしているうちに夜も更け、同窓会はお開きとなり三人は二次会へと繰り出した。